Last update: 2001/9/10
  8 親密度と単語の音韻バランスを統制した
        単語了解度試験用リスト



1.はじめに

 音声通信システムや補聴器,オーディトリアムの音声伝達性能の評価,あるいは,難聴者などの音声聴取能力の評価を正確かつ迅速に行うことは,コミュニケーションシステムの性能の最適化を図るうえで重要な課題である.
 従来,日本語の音声聴取能力の評価には,単音節明瞭度試験が広く用いられてきた.単音節明瞭度試験は簡便に実施できる半面,聴取者の音声聴取能力や聴きとりやすさを反映した結果が得られにくいことが知られている.補聴器の分野においても,近年,さまざまなディジタル信号処理を行う補聴器が製品化されてきたが,難聴者ごとに難聴の様相はさまざまであり,ある難聴者にどの補聴器が最も適しているかを正しく評価することは極めて重要である.しかし,ここでも,広く行われている単音節明瞭度の試験結果は,実際の生活の場における聴感を反映した結果を示さないことが少なくない.その背景には,単音節が,日常生活でほとんど聞く機会のないことや,意味を持たない音声信号であることなど,いくつかの理由が考えられる.音声聴取能力の評価は,より実生活における音声聴取に近い条件で行うべきである.
 そこで我々は,日常生活により近い評価が得られる手法として,実生活でも聴く機会の多い単語を試験語とした単語了解度試験に着目した.単語了解度試験を行う際には,試験用単語リストの難易度をそろえる必要があるが,難易度の尺度として一般的に用いられている出現頻度では,単語知覚の心理的プロセスを全く考慮していないため,我々は,単語のなじみの程度をあらわす「親密度」を難易度の尺度として用い,更に音韻バランスも考慮した単語了解度試験用単語リストを構築した.

2.単語リスト作成手法

 単語リストを作成する際に使用する親密度を考慮した日本語データベースとして,天野,近藤が作成した日本語親密度データベース(i)を使用した.このデータベースは,新明解国語辞典第4版の見出し語及び小見出し語内の自立語約8万語に対し,音声提示時,文字提示時,音声文字同時提示時の三つの場合における親密度を収録したものである.親密度は,7段階の評定値(7:親密度が高い,1:親密度が低い)の平均値である.
 このデータベースのうち,4モーラの単語(25,962語)のみを対象として,1〜3の処理を行った.
  1. アクセント型が0型もしくは4型(LHHH)以外のアクセント型を持つ単語を削除.
  2. 1で削除した単語と同音異字語を削除.
  3. 試験用単語として不適切と思われる社会的に負のイメージのある単語と,病気に関連のある単語を実験者の判断に基づいて削除.
以上の処理により最終的に残った単語群に同音異字語が存在する場合は,音声文字同時提示時の親密度が最も高い単語として,最終的な単語群(総数13,607語)を得た.
 この単語群から,親密度7.0〜5.5,5.5〜4.0,4.0〜2.5,2.5〜1.0ごとに,各50単語から成る単語リストを20枚作成した.単語リスト作成においては,リストごとの音韻バランスを考えるため,先頭モーラとそれ以外のモーラに分けて音韻バランスを考慮し,第1モーラでは日本語100音節が均等に出現するように,それ以外では,先行モーラの母音を先行音,後続モーラの子音を後続音とした一重マルコフ過程を考えた.後続モーラが母音の場合に対応するため,「子音なし」も子音の一種とした.なお,語尾の母音は考慮の対象から除外した.この過程をもとに,Add&Delete法(ii)を用いて,エントロピーが最大となるリストを作成した(iii).

3.健聴者による単語了解度試験

3.1.実験方法

 ここでは,前章で作成した単語リストの妥当性を確認するため,健聴者を用いて実際に単語了解度試験を行った.また,電話試験用平等率音節表を用いた(iv)日本語100音節の単音節明瞭度試験も併せて行った.被験者は,成人男性10名である.それぞれの親密度ごとに,20枚の単語リストからランダムにリストを選び,提示音圧15,20,25,30,40,50,60 dBSPLで測定した.各単語について,LAeqが所定の値になるよう,計算機上で振幅を調整した上で,人口耳(B&K 4153)を用いて音圧校正を行った.また,提示音は,ヘッドホン(Sennheiser HDA-200)を用いて,左耳に提示した.測定前に,あらかじめ"日本語の単語であるが,聞こえたとおりにカナで回答する"ことを被験者に教示した.なお,単語了解度は,得られた回答に対して,単語として完全に一致した場合のみを正解として算出した.

3.2.実験結果及び考察

 図3-1に各提示音圧における,10名の被験者の単語了解度と単音節明瞭度の平均値を示す.
了解度試験結果
図3-1 単語了解度試験及び単音節明瞭度試験の結果(誤差棒:±1標準誤差)

図3-1から,各提示音圧において親密度が高くなるに伴い,単語了解度が上昇していることが分かる.これは,親密度の高い単語の場合,一部の音韻が聴き取れなくても,他の音韻から聴き取れなかった部分の類推が可能であるため,了解度がより高くなったと考えられる.一方,親密度が低い単語の場合,被験者にとって聴き慣れない単語が多く,単音節明瞭度の聴き取りと同様に個々の音韻を完全に聴き取る必要があるため,了解度がより低いものになったと考えられる.更に,提示音圧が低い場合には,単音節明瞭度の値より単語了解度のほうが低くなっている.これは,単語として完全に一致した場合のみを正解として了解度を算出していることから,単語内の一部の音韻を聴き取ることができても,それ以外の音韻が完全に一致せず,不正解となってしまうためと考えられる.
 このように,親密度が高い単語と低い単語とでは,聴き取りの様相が異なると考えられる.したがって,親密度を統制し,親密度をパラメータとした聴取実験を行うことにより,ある個人の音声聴取能力を様々な面から観察することが可能となるであろう.親密度は,単語に対する「なじみの程度」を表す主観的評定値であり,単語知覚における心理的プロセスを反映した指標であることから,従来から用いられていた出現頻度などよりも,音声聴取能力の評価に適した指標であると考えられる.以上のことから,本単語リストを用いて,親密度を統制した単語了解度試験を行うことで,個人ごとの音声聴取能力のより信頼性の高い評価を得ることが可能であることが示された.

4.最後に

 本報告により,親密度と音韻バランスを統制した単語了解度試験用リストが構築され,その有効性が示された.報告者らは,得られた結果を詳細に分析することで,親密度の違いによる単語知覚の様相の差異についても更に考察している(iii),(v).その結果から,本リストを用いることにより,日本語音声の聴取能力をより正しく評価しうることが示されている.
 今後は,難聴者に対して本リストを用いた単語了解度試験を行うと共に,実際に補聴器の適合評価に使用し,その有効性を更に検証していく予定である.

参考文献

  1. 天野成昭,近藤公久:"日本語の語彙特性 第1巻"三省堂,1999.
  2. 鹿野清宏:"エントロピによる音韻バランス単語リストの作成"音講論,pp.211−212,1984.
  3. 坂本修一,鈴木陽一,天野成昭,小澤賢司,近藤公久,曽根敏夫:"親密度と音韻バランスを考慮した単語了解度試験用単語リストの構築"日本音響学会誌,Vol.54,pp.842−849,1998.
  4. 三浦種敏監修:"新版聴覚と音声"電子情報通信学会,pp.402−405,1980.
  5. 鈴木陽一,近藤公久,坂本修一,天野成昭,小澤賢司,曽根敏夫:"親密度を統制した単語了解度試験における反応傾向"日本音響学会聴覚研究会資料 H-98-47,1998.